本大好きサラリーマンの小説㉞

「店長は将来何をしたいんですか?」

「俺、本を書きたいんだ」

「店長なら書けますよ」

有沙の無邪気な笑顔

遠慮のない言葉が僕を勇気づけてくれた

この恋はいつ終わるのだろう

幸せであればあるほど

絶頂であればあるほど

その反対にある別れを僕は恐れた

一瞬一秒を心に焼き付けるように

どんな場面も思い出せるように

心に刻んだ



相手の気持ちが冷めていくのがわかることほど辛いものはない

でも、僕は感じた

いつからか、メールの返信が遅くなったり

そっけない内容が続くようになり

終わりを悟った

栞のときのように

僕は悟った


恋はいずれ終わる

そのまま枯れるのか

愛に育つのか

血の繋がりのない愛はあるのだろうか

僕の魂は、今を生きているだろうか



本大好きサラリーマンの小説㉝~恋~

バレンタイン当日

事務所の金庫を開けるとメッセージ付きのチョコが入っていた

有沙だった

どういうことだろう?

普通に渡してくれたら、何も思わなかったかもしれない

サプライズが恋心に変わった

それから頻繁にメールをするようになった

他愛もない内容だったけど

毎日が楽しかった

有沙専用の着メロ

その音が鳴る度、僕の心は踊った

二人だけの秘密

有沙は一人で僕のマンションにくるようになった

「彼氏は裏切れないから」

そういって有沙は手でしてくれた

遠距離の彼氏とは別れない

でも僕とは一緒にいる

有沙はよく笑いよく喋った

長崎の独特のイントネーションがより一層有沙をかわいく思わせた

僕たちが身体の関係を結ぶのに時間はかからなかった

有沙の身体は瑞々しかった

きれいなものを汚しているようで罪悪感と背徳感を感じた

僕はどうしようもなく有沙に恋をしていた。

恋はいつか終わるものだと知っていながら

いつか目が覚めると知っていながら

少しでも続けばいいと思っていた

本大好きサラリーマンの小説㉜~幻想~

誰かを好きになる度に

栞のことを思い出す

栞に語りかける

智美に話して以来

栞のことを人に話したことはない

自分の恋愛を人にはなすとき

自分の過去を話すとき

栞のことは話さない

でも、多分あそこにいたのが本当の自分で

それを知っているのは栞だけ

幻想なのだろうか

今会ったら幻滅するのだろうか

過去をさまよいながら生きている

栞のことを思い出す時

僕は独りになる

独りを感じる時

栞を思い出す

一人じゃないって思える

矛盾してる

独りを感じる時

栞に話しかける

僕は今どこを歩いているのだろうか

僕は正しい方向へ向かっているのだろうか

僕は今、自分に正直に生きているのだろうか

栞

今でもたまに夢に出てくる

目が覚めた時

このまま目が覚めなければいいのにって思う

夢の中ではいつも笑っている


本大好きサラリーマンの小説㉛~虜~

誕生日以来、有沙のことが気になった

有沙のそれは、多分、「好き」という感情ではなかった

有沙の目に僕はどう映っていたのだろう

東京から来た独身男性

独りぼっちで可哀そう

そういった同情の感じが強かったのではないか

有沙には彼氏もいた

僕はそれを知っていた

手を出すほど勇気も度胸もない

僕28歳、有沙20歳

歳も離れている

店長とアルバイト

有沙は人懐っこかった

有沙は時々、核心をつく

「店長は冷たい」

そんな言葉も新鮮だった

そう思っても、それを直接言ってくれる人は中々いない

部下であれば尚更

僕のそんな「冷たい心」を温めようとしてくれたんじゃないか

人は本来優しい生き物のはずだ

僕には優しさがかけていた

人の感情を逆なでにするようなことを平気で言った

有沙はそんな僕を案じてくれていたのだ

有沙の虜になるのにそう時間はかからなかった

本大好きサラリーマンの小説㉚~再び灯る~

一人の時間を楽しんだ
寂しい夜は
バー「サントス」で過ごした

仕事のストレスはほとんど感じなかった
職場の環境は良かった

天性なのだろうか
人には恵まれた

美穂が転勤で長崎を離れる時も笑って別れた

人付き合いが下手な僕を
長崎の人たちは受け入れてくれた

時に言葉で傷つけたこともあった
行動で傷つけたこともあった
でも仕事では手を抜かなかった
だからついてきてくれたのだと思う

長崎で迎えた最初の誕生日
夜中0時を過ぎた頃、インターホンが鳴る

「どうしたの?こんな夜中に?」
怪訝な顔で尋ねる僕に

「お誕生日おめでとう!」
サプライズ

なんで俺の誕生日知ってるの?

「さてなんででしょう?」

あー、そうか。この前の契約書のサンプル
見本で書いたやつか。。。

それを見て、夜中の0時過ぎるのを待って来てくれたのか

誰が企画したかは分かってた

有沙

いつも僕の気を引こうと、話しかけてくれた子

僕の心に再び灯がともった


本大好きサラリーマンの小説㉙~最低な男~

長崎で多くの仲間に出会った
一人で行けるバーも開拓した
一度、そのバーに部下を連れて行ったことがある。
マスターやママから「美穂ちゃん」と呼ばれているその子もまた
長崎に来て日が浅かった。

夜遅くまで二人で飲んで
帰る時、ママから「美穂ちゃんをちゃんと家まで送ってくんよ」
と言われ送っていった。
あれは、マスターとママと美穂の共謀だったのだろうか。

マンションの下まで送ると
「聡志さん、うち上がっていきます?」
据え膳食わぬは男の恥
酔った勢いもあり、美穂の部屋に入った

カーペットに腰を下ろした時
美穂のスカートから下着が覗いた

僕の理性は飛んでしまった
美穂のことは好きでもなかったし
ましてや部下
しかも知り合って間もない

駄目だと頭では理解しつつ
美穂の口に含まれた僕の性器は抑えが効かなくなっていた
下着をずらし
騎乗位で下から突き上げる
必死に腰を振る


終わった後、後悔の念が押し寄せてくる
美穂は恐らく僕のことが好きだったのだろう
「泊っていきますよね?」
(帰りたいんだけど)
「うん」

朝が来て美穂の部屋を一緒に出て別れた後、
どうやってなかったことにするか、考えた。

その日の夕方に会った時
美穂にははっきり告げた
「ゴメン。昨日のことはなかったことにしてくれ」

最低な男がそこにいた。

それからしばらく何事もなかったかのように一緒に働いた
美穂は僕のことをどんな風に思っていたのだろう
あんな一方的な言葉に納得できたのだろうか



「私、擦れた男が好きなんです。」

美穂はそう言って笑った。



本大好きサラリーマンの小説㉘~長崎へ~

智美と別れた後
長崎に転勤になった
初めて長崎に降り立った日のことを今でもよく覚えている
長崎駅から路面電車に乗って
近くの不動産へ
マンションはちょっとお洒落な1DK

風情のある町
高校の頃、修学旅行で行って以来の町
坂の多い町

眼鏡橋
オランダ坂
水辺の森公園
出島

毎日一人で出歩いた
一人、眼鏡橋のベンチに座りながら
よくタバコを吸っていた

夜は空を見上げた

陽の長さに驚いた
20時過ぎてもなお明るさを保ったまま

僕は長崎が好きになった
町も人も好きになった

東京での喧騒が噓なくらい
穏やかな町だった

素直で素朴な人が多かった

東京で荒んだ心をこの町が、この人たちが癒してくれた

僕はこの町でしばらく生きていくんだ

初めて食べた五島うどんに感動した

魚の新鮮さに驚いた

見慣れた風景に、僕は飽きなかった

いつまでも座っていられた

ここで何が待っているんだろう

この風情ある町でどんな人たちと出会うだろう

毎日穏やかにワクワクしながら過ごした

本大好きサラリーマンの小説㉗

栞はいつも僕の心に問いかける

栞はいつも僕の思考の上をいく

恋人に栞を重ねる

25歳のときに付き合った智美には

僕の過去を知ってほしかった

栞とのことも知ってほしかった

赤い交換日記も見せた

「なんでこんなもの見せるの?」
「こんなもの見せて私にどうしろって言うの?」

そう言って智美は泣いた。

智美とは結婚前提に付き合った

同棲もしていた

結婚の話もまとまりかけた頃
栞から連絡があった

「あなただけ幸せになる気?」

記憶の断片を辿る

僕は知っていたのか

知らなかったのか

記憶が曖昧になる

結局、智美とは別れた

僕はどこかで栞を求めていた

智美とも、栞のときと同じ気持ちになれると思っていた

でも、なれなかった。


本大好きサラリーマンの小説㉖

栞のことを恨んだことがあるだろうか

栞に復讐してやろうと思ったことがあるだろうか

23歳

栞が東京に来る

川崎で待ち合わせた僕たちはラブホテルに直行した

浩二とは続いているようだった。

「俺とは1年しか付き合えなかったのに。。。」

そんな風に思った。

これからセックスするのかな。

多分するんだろうな。

だからここに来たんだ

先にシャワーを浴び、栞がシャワーを浴びるのを待った。

丸見えだ。

ラブホテルってこんなんなんだ。

そりゃそうだよな、そういうことをするところだもんな。

そんなことを考えていた。

最初僕は勃たなかった

悪いことをしているという良心への呵責か。

そのまま何事もなく朝を迎え別れていればよかったのだろうか

夜中目が覚めた。

栞も寝ていなかった

僕たちは再び抱き合った

求めあった

栞は泣いていた

ホテルを出た後、近くのカフェで朝食をとり

僕たちはあっさり別れた

いや、僕があっさりその場を立ち去った

栞はあのとき泣いていたのだろうか

僕は復讐を果たしたと思ったのだろうか

この夜のことが、栞を深く傷つけたなんて思いもしなかった

僕の中の良心や誠実さや正義感やモラルが

崩壊しつつあった

本大好きサラリーマンの小説㉕~うまくいかない~

大学4年2月
とりあえず、就職しないとな
就職情報雑誌ビーイングを広げ、能力開発を謡う会社に電話して
面接を受けた。
即採用された。

卒業を待たずにすぐに働き始めた。
新宿高層ビル47階にオフィスがある

営業だ
いわゆる電話営業
見ず知らずの人に電話して、営業トークをする

罵声も浴びせられる

人付き合いが苦手な僕が、何故この仕事を選んだ?
高い教材を売る仕事だ

「自分が買わないような商品を人に薦めて買ってもらう」

こりゃ無理だ。。。

2週間で辞めた

今思えば、仕事ってそういうもので
当然、ずっと続けていれば違う人生になっていただろう

仕事っていうのはストレスがかかるんだ

そのストレスの対価が給料なんだ

また宙ぶらりんになった

卒業

とりあえず実家には帰りたくない

バイトで貯めたお金引っ越し

八王子を離れた